繋がり過ぎる世界の倫理

インターネットによって我々はすごく簡単に人と繋がることが出来るようになったわけですが、繋がり過ぎて疲れてしまったという人の話もよく聞きます。facebook疲れなんて言葉もありますし、LINEの既読スルーを咎めるなんて話もありますね。 これまでの人類は…

日常を音楽の本番にしたい(ピアノ弾き向け)

音楽における「本番」がコンサートに偏り過ぎてはいないか 私は長くピアノを弾き続けていますが、ここ5年ぐらいはコンサートには出ていません。ピアノを弾く人には、コンサート(あるいはコンクール)に出演するという目標を立てて、それに向けて練習するとい…

人はなぜハゲるのか

「人はなぜハゲるのか?」と研究室で後輩たちが話していたので、私がその場で考えて答えたのは、こんな話だった。 大阪大学の近藤滋先生がネットで公開していたコラムに、シマウマがなぜ縞模様を持っているのか、ということに関する解説があった。ちなみに今…

ドレスコードのある店は客の代わりに店が差別をしている

子供の頃は分からなかった、ドレスコードというものについて。 子供の頃、ちゃんとした服装をしていないと入れない店というのは、漫画の中でしか知りませんでした。そしてそういう店が出て来る話ではいつも「服装で人を差別する悪い店が反省する」というお話…

人間とコンピュータが意思疎通できるとはどういうことか

2016年10月21日に、情報サービス産業協会(JISA)というところが主催するJDMF(JISA Digital Masters Forum)2016というイベントで講演をしました。そこで話したのがこの話…というわけではないのですが、講演の一部を切り取って詳しく解説を書いて協会の会誌に寄…

すべての人を罪人に出来るルールは諸刃の剣である

その昔、ヨーロッパで魔女狩りという風習があった。ざっくりと解説すると、今起きている社会の問題は人間に紛れている魔女が起こしているから、その魔女を見つけ出して殺さねばならない、というような風習である。その際、疑いをかけられた人が魔女なのかど…

人工知能が罪を犯せるようになるには(リメイク)

以前書いたもののリメイク。そんなに変わってません。 現在、ロボット(人工知能)がもし事故を起こしたらその責任は誰が取るのか?ということが大きな議論の的になっている。多くの場面で自律型のロボットが導入される未来を想像すると、ロボットがいずれ重大…

コンピュータに支配されるということは道具に支配されることの一種である

(以前書いた、「コンピュータに支配されるという事」のリメイク) 「コンピュータ(人工知能orロボット)の人類への反乱」というテーマは、古くからSFではよく扱われてきた。そして現在、人工知能の研究の盛り上がりもあり、本当にそれが起きるのではないかと大…

人間は因果関係を見出し過ぎる(リメイク)

過去に書いた記事、「人間は因果を見出し過ぎる」が、読み直したところ分かりにくかったので書き直しました。 「二度ある事は三度ある」という諺(ことわざ)と「三度目の正直」という二つの諺がある。諺とは「人生の教訓を短い言葉で表現したもの」なのだが、…

大学の勉強は社会より自分の方が正しいと言うためのものだ

(過去ブログ記事より転載) 小中高と学校で勉強してきたことは、主に社会に順応するためのものだ。それに対して大学の勉強というのは、今ある社会を正しいと思うのではなく、どんな社会にするべきなのだろうと考えるためのものだ。 今まで小中高と、なんのた…

デマがなくならないのはそれを望む人が居るからだ

(facebookに書いていた過去記事の転載) 血液型性格分類がいくら「科学的根拠がない」と言われてもそれを使う人がなくならないのは、それが面白いからではなかろうか。「血液型で性格が分かる」のが嘘で「血液型では性格は分からない」が真実だとすると、真実…

自由の制限

人は、自分が幸せになる方法を、きちんと選べるだろうか。 今の日本は、昔に比べると「結婚しない人」に優しくなったのではないかと思う。以前はもっと結婚しない人に圧力がかかっていた。今でも圧力はかかっているとは思うが、概ね減少傾向と言えると思う。…

教育と規格化の関係

多くの人は、勉強しない人に勉強させようとする。そのために「勉強するのは本人のため」と言うが、果たしてそれは本当だろうか。だとすればなぜ人は人に勉強しろと言うのだろうか。他の人が勉強しなければ、自分がそういう人を押しのけて好きに出来る可能性…

効率化するという事は、あまり起きないことを無視する事だ

効率化するという事は、あまり起きないことを無視する事だ。 もう少し穏やかに言うと、良く起きる事とあまり起きない事が何かを調べて、良く起きることに特化させてあまり起きないことを軽視する事だ。 それはつまり、効率化するという事は軽視する部分が現…

自分という観客

(旧ブログからの転載と若干の修正→ 旧記事) 「芸術は自己満足になってはいけない」「見てもらってナンボ」というような事を言う人は多いけど、私の感覚的には、芸術って自己満足をするためにというのが第一の目的なのではないか?と思っていた。多分これは「…

サービスの受給過剰としてのFacebook疲れ

twitterとfacebookの違いはなんだろうと考えていて,ふと「Facebookにはサービス精神が足りないんじゃないか」と思いました.twitterには,面白いことを言おうという風潮が,少なくともfacebookよりはあります.facebookで投稿されている事は,正直に言って…

冗談のコストは誰が払うのか

私は冗談を良く言うけど,必ずその冗談を冗談だと分かってくれない人がいる.そういう時に「冗談の分からない奴め」と心の中で思う事もないではないけど,それは言わないようにしている.冗談が分かってもらえなかったとしても,悪いのは冗談を言った自分だ…

ポジショントークに良し悪しはあるか

世の中はポジショントークで出来てるんじゃないか、そんな事をちょっと前から考えていました。ここでいうポジショントークとは「自分の立場を強めるための発言」という意味としたいと思います。本来の意味は相場に関する専門用語のようです。 本来の意味でも…

自分自身に飽きる事の効果

小学生ぐらいの頃,日記を書けって言われましたか?夏休みの宿題とか.私はそんなに書いた覚えは無いのですが,とにかく当時は全然面白いこと書けませんでした.でもその後は私は高校の途中ぐらいからWebページを作って,その後もブログで長いこと日記みたい…

「自分の事が好きな人は嫌い」という感覚

なんとなくみんなと相容れないなあと思ってる事について話したいと思います.私の知り合いには,食事に行って,その店の人と話をする人が居ます.私はそれが羨ましいと思うかと言うと全然羨ましくないんですけど,その知り合いの態度以上に,店の態度として…

はてなブログ開設

はてなブログを開設しました.はてなダイアリーの方がtwitter保管庫みたいになってしまっているので,こちらをブログとしてはメインで使おうかなと思います. ある程度まとまった文量のあるような記事しかここには書かない予定です.つまりそんなに頻繁には…