称賛のバランス

小林よしのりなんかは,ずっと,戦時中祖国のためを思って戦った人達を称賛してて,「今の奴らは自分を守ってくれる軍人を尊敬する気持ちが足らない,もっと尊敬するべきだ」みたいなことを言ってて,同意なんですけど.


で,以下にあるような,「そう言う人達も守るのが、自衛隊です」とか聞くと,私としては,今の人の方がもうケタ外れに尊いなと思ったりするんです.


で,軍事の話は主眼じゃないので置いといて,称賛による教育の話.


昔から,「ボランティアをやっていると,入試で有利だから,やる」という構図がダメだとずっと思っていたのです.ボランティアが本当に奉仕の心からの活動であるということを証明するためには,一般的なボランティア行為を社会が非難していなければならないと思うのです.補足で書いておくと,通常「証明」する必要は特にないので,そんな事しなくていいんですが.


尊敬をもって送りだされた兵隊は,尊敬されていないと分かった時に,「そう言う人も守る」というか「そう言う人は守らない」と言うか試されます.尊敬されている限り,尊敬されていない時にどう思うかは試されないのです.


多くの人は,「自分は全然褒められない」と感じているように思います.なんでそう思うかというと,多くの人は「もっと人を褒めるべきだ」と言い,そこに「自分をもっと褒めてよ」という思いが透けて見えるからです.


以前,テレビで「子供の世話をする親をもっと社会が認めるべき」というような話をしていたのですが.「家事は賃金に換算すると本当は結構なもので…」とか言うんですけど.私は…親が子供を世話するのは誰の称賛を受けるでもなくやることだという風潮の方が,本当は親というものを尊いものとして扱っているのだと思ったのです.親が,「いい子じゃなかったら面倒見ない」とか「子供が感謝してくれなきゃやだ」とか「周りの人が褒めてくれなきゃやる気しない」とか言うのは,やっぱなんか違和感あるんですけど….


でも,親になるということ以外で,そんなボランティア精神なんか持ち合わせてる人なんて1%もいないでしょうから,親になってもそういう意識だってのは,なんの不思議もないんですけど.


この辺から結論.世の中には多分,褒めた方がいい人と,そうでない人が居ます.精神のレベルの低い人には,いくら叱咤しても,なんの良い効果も発生しません.そういう人は,もうどんどん褒めてあげるべきです.精神のレベルの高い人は,褒めない事で,褒めた時より,上のステージに行ける可能性があります.


褒めない事が続くと,精神のレベルが上がる可能性はありますが,潰れちゃう可能性もはらんでいます.レベル上げは,まさしく訓練なのですね.