ピアノと歌

ピアノと歌というのは楽器の中ではかなり違うよなあという事を最近思います.それゆえ,歌をやる事でピアノをやっているだけでは分からなかったことが色々見えてくるような気がします.

ピアノ

  • 音程が固定
    • ビブラートが無い
    • 12音階の間の音が無い(音程が離散的)
  • 音色が固定
    • ピアノを選んだら音色は固定(音量に付随とも)
    • シフトペダルで少しは変えられる
  • 音量が可変
    • ただし一度打鍵したら減衰する事しかできない
  • 発音の容易さ
    • 異なる音の同時発音数があらゆる楽器の中で最大級に多い
    • 音域が広い
    • 速い動きが可能(得意)
  • 楽譜で覚える文化

  • 音程が任意
    • ビブラートが有る
    • 12音階の間の音が有る(音程が連続的)
      • ポルタメント(音程の連続的な推移)が可能
      • 「音程を外す」という表現の可能性
  • 音色が可変
    • 声の性質は物凄く多様に変化させることが可能
  • 音量が可変
    • 発音後の音量変化も自由自在
    • 息の量による限界は有り
  • 発音の容易さ
    • 2音以上の同時発音は不可(ホーミーとかあるけど)
    • 音域が狭い上,人によって限界(適正)がある
    • 速い動きができない(苦手)
  • 聴いて覚える文化

考察

「固定」って言ってるのは厳密には固定じゃないのもあるんですけど,「他の楽器と比べた時比較的固定」という事だと思ってください.


まず「音程」.歌をやってて思うのが「音程を正確に歌うのが良いとは限らない」という事です.これはピアノでは出てこない概念です.そして歌をやる時に最初に目指すことでもないです.つまり「下手でもいい」という話ではないです.まず出したい音程を出せるようになった後に,その能力で「(12音階から)外した音を狙って正確に出す」という話です.子供の絵を見て「ピカソの絵みたい」と言うのは違うという話です.ピカソはデッサンなんか当然出来たうえで,計算高くああいう絵を描いているのです.そして,(音程について)その余地がある楽器である「歌」は,表現の可能性が広い事が分かります.


そして「音色」.もちろんピアノでも弾き方で音色は変わります.鋭かったりメロウだったり(弦を鳴らす以外の鍵盤の木の音の量などが関係しているようです).しかし声質の違いほどの違いは無いでしょう.「カバーアルバム」なんかは他人のオリジナル曲を別の人が歌う事に価値が生まれてる訳ですよね.さらに,歌は曲中でも声質を変えることができます.他の楽器の経験はあまり無いですが,歌ほど自在に音色を変えられる物は無いのではないでしょうか.シンセサイザーみたいに電気を使う物ならともかく.


音量」は,ピアノの方が特徴的かもです.発音の音量はどっちも可変なんですけど,ピアノでは発音した後の音をコントロールできません.弦とか管は当然コントロールできるわけで,歌に近いですよね.そこにも「一音に込められる表現」という意味で歌の方が表現力が有ります.


発音の容易さ」は音量とも関係して来ます.ピアノはその性質上「音の洪水」を生み出すのに向いています.それは一音に込められる表現に限界があることにも関係するでしょう.「ピアノただ音を出すのは簡単」というのはそうだと思います.ただ,そう思ってしまい過ぎると,ピアノの音色の変化に頭が回らなくなってしまうのだと思いますが.


例えば,私は楽器によって向いている旋律の形ってのがあると思っています.ピアノ細かく,かつ音程が上下する音程の旋律が向いていて,歌はそれに比べると音程変化が緩やかで伸びやかな旋律が向いていると思います.ピアノで同音連打をするのは特殊な動作ですが,歌では同じ音が続くのは自然です.私はピアノ向きの旋律の曲としてショパンのワルツOp.64-2を挙げたりします.


あと,練習の習慣が結構違って,ピアノでは楽譜を見て弾くことが多いんですけど,歌は聴いて覚えた物を歌う事が多いですね.これは楽器の違いというよりは,演奏するジャンルが違うという話もあります.歌だって,クラシックををやるなら楽譜を見るのではないでしょうか.しかしそれでもピアノを「聴いただけで弾ける人」というのはほとんど居ないでしょう.「自分流に弾ける」ってんならともかく,正確に再現とかとなるとなかなかできません.それはやはり歌が単音だから再現が容易だからなんですけど,楽譜を見ないということは楽譜に縛られない(情報が落ちない)ので細かい表現まで音を聴いて再現可能であるとも言えるし,逆に細部を聴く能力が無ければ,いつまで経っても間違いに気付かない人は気付かないという問題も孕んでいます.


ピアノと歌では,才能依存度も結構違うような気がします.私は「ピアノを弾ける」と言った時に「羨ましい」と言われるのが嫌いだったんですけど(笑),ピアノは誰でも練習すれば出来るようなところがあります.才能が要るのなんて本当に上のレベルで,個人が楽しみでやる分に才能で困るというのはあまりないと思います.手が小さすぎると困りますけど.でも歌は音域からして才能に依存しまくりです.でも,出ないなら出ないで裏声でどう表現するかとか,「持ってるカードでどうするか」というのを考える楽しみがあるような気がします.



で,考えてみたんですが,歌とピアノというのはもう全然違って,そして一緒にやる時は,割とピアノの方が融通が利かないな,と思いました.同じく弾き語りに使われるギターを考えてみると,ピアノに比べると随分自由が利くような気がします.音程が固定じゃない事を考えても.それがどういう意味を持ってくるかはちょっとまだ考察できてませんが,歌の音程をかっちり目にした方が好まれるってことかなあ?


その他,練習の習慣が違う楽器をやるというのは,噛み合わない事とは逆で,それぞれの習慣がそれぞれの方法に使えるなと思います.歌の音程をとりあえず正確に覚えるには,やはり楽譜を見た方が楽だな,とか.けど歌の表現の豊かさを意識してピアノも弾けるような気がするとか.


普通にお稽古事としてのピアノだけ弾いてると,「聴く」という能力があまり発達しません.楽譜が既に有ることがほとんどですから.歌を聴いて正確に再現するというのは「耳コピ」をやる事ですから,当然聴く能力が鍛えられます.もちろんピアノ曲耳コピ出来るぐらい聴ける人はもっと鍛えられてるんですけど(笑).


そして,なんていうか歌ってると「歌心」みたいなのが付く気がします(笑).自分に酔う能力みたいなのですかね(笑).