お酒は二十歳までは飲んではいけなくて、二十歳からは飲んでもいいものである。これは「大人も出来れば飲まない方がいい」という事を意味しているだろうかというと、していないと思う。大人は、お酒を飲んで良い。お酒を飲む事によるメリットも当然ある(もちろんデメリットもあるから、子供は飲んではいけないのだが)。つまり「子供にとっては有害で、大人にとっては有害なだけとは限らない」ものである。
中学校で「子供にタバコを吸うな」と言うために、先生もタバコを吸ってはいけないというような話をする人が結構いる。しかし、この国の法律では、20歳を越えたらタバコを吸っていいのだ。中学生は吸ってはいけないが、先生は吸っていい。吸っている先生が、中学生に吸うなと言うのは何の問題も無い(では何故吸うのか、と言われたら「健康に悪いと分かっててタバコを吸う」理由を答える事になり、場合によっては生徒に軽んじられるかもしれないが。でも嘘をつくよりはずっといいと思う)。このように「子供にとってダメなものは大人にとってもダメ」「大人にとってダメなものは子供にとってもダメ」という考えの人は結構多いのではないだろうか。私は、そんな事ない(場合もある)と思うのだ。
同じように、思想なども「子供にとっては有害で、大人にとっては有害なだけとは限らない」ものもたくさんあるんじゃないだろうか。
「常識」という言葉は、どうも最近馬鹿にされがちである。「常識を守れ」なんて言われると、アインシュタインの言葉なんかを借りて「常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」なんて返したりする。しかし常識や慣例というのは、言わば先人の経験則の集大成だ。それを守る事で大体の事が上手く行くから常識となったのであって、誰かが独りよがりで言っているわけではない。もちろん、自分の独りよがりの内容をみんなが言ってるように言うと問題になる訳だが。
もちろん、常識は正しいとは限らない。ただ「常識(大抵の人がそう思ってる)」なだけだ。しかし、「常識を疑う」ということは、常識を知っている人にしかできない。まず常識を知らなければ、何を指摘すべきかが分からない。常識の根底をなす前提が時代の流れにより変化すれば、常識は変化しなくてはいけない(これは今回の本題ではない)。
勧善懲悪の物語は、子供向けと言われるが、実際のところ、子供には勧善懲悪の話を見せるべきではないだろうか?「世間一般では良い事とされる」という例を見せるのだ。もちろん実際の世界は勧善懲悪の物語のように単純ではないのだが、複雑に捉えるのは単純に捉えてからの方がいい。そして大人が勧善懲悪の物語を喜ぶのはやはり恥ずかしい事だろう。大人はもう世界がそんなに単純ではない事を知っているのだから。
最近話題の表現規制についてもそうだ。大人になった今の自分が見て問題ないということと、子供が見ていいということは違うだろう。異常な状態を「これは異常だ」と思って読むことは、何が異常ではない状態かを知ってからでないと出来ない。私は都知事の主張を真面目に読んでないのでその良し悪しについては言及しないが、身近にたくさんいた反論していた人は「漫画やアニメを馬鹿にされた」とか言ってて、非道徳的な内容は青年向け指定にしろという観点をほっぽってた人が多かったように思う。
制服を来た高校生なんて、性の対象にする事は恥ずかしい事だったはずなのだが、今はそんな事言う方が恥ずかしいような風潮を感じる。結構雰囲気は変わってきていると思う。AKBの受容具合とか見ても。
今まで大人と子供という言い方をしてきたが、本質的には年齢は関係ない。「ある概念が理解できてるか」といった事を調べれば、何を与えていいかというのは判断できる。しかし、あらゆる概念に対してそれを理解しているかを判断する方法なんて当然確立されていないので、便宜上年齢で区切られているだけだ。
さて、ネット上ので人気の思想家(今私の念頭にあるのは茂木健一郎と内田樹)の言論を見てると、私としては「常識」を再確認しているように思える。全然新しくない。「みんなが思っている事を言ってる」ように見える。「一部おかしい」と思うことろもたくさんある。だが、彼らが人気を得てるのは、「みんなはこんな事すら分からない」ということをちゃんと把握できているという事なのだろう。「大きなお子様」向けだ。しかしあの内容が「当たり前」だと思う方が、きっと彼らより「常識の把握が下手」なのだ。
「そんなん当たり前だろ」と思っても、別に自分を対象として書いたとは言ってないのだから、「これが当たり前じゃない人向けに対して書いたんだろう」と思って受け流すべきだ。そして、彼らより論を進めて最先端の話をするにしても、あの程度の常識から書き始めた方が皆の理解のためには良いのだろう。不特定多数の人に見せるネットというメディアでは、読者を限定しないのだから、前提となる知識を提示してからでないと正しく伝わらないのだ。
別の言い方をすると、彼らが「こんなつまんない事言ってて人気なのかよ」と思うならば、自分もすぐ表舞台に立てるという事で、むしろ喜ばしい事だ。そして彼ら程の人気が得られないのだとしたら、上記のような理由だという事だ。もっと言うと、本当に新しい思想は容易には理解されないので、人気が出なくても仕方が無い。そう思える人は人気が出てるなんて大したことではないと思っておけば良いのだ。