前は寝る前に日記書いてたのに,今は研究室から帰るまでに書いてるので,
夜の事を書くのが次の日になってしまうね.まあそれでも別にいいか.
昨日の最後に書こうが今日の最初に書こうが時系列が崩れるわけじゃないし.



昨晩は芸サ連の後輩から借りたアガサクリスティの「ABC殺人事件」を読み始め…

…………

読み終えた!これは大変面白かった.
おかげでMDが6つも取り込めてしまったぞ!


以下感想.


トリックに関しては,お見事というしか無いというか,
大してミステリ読んでない私からすれば素晴らしいとしか言いようの無い出来.

なので,その他に関していくつか.


まず,借りたのはとても古い本のようで,訳が非常につたなく思えた.
「当惑したような男」て.「『言葉だわ!』」て.
まあでも,あんまり気にならなかった.


次いで,登場人物の,特にポワロの性格の悪さにしびれた.
これぐらい狡猾でないと名探偵ぽくないですね!

この本はヘイスティングス大尉という人の視点で書かれているのだが,
彼に対するポワロの態度は「本当に馬鹿だね君は」って感じで,
良くこんなこと言われてもずっと一緒にいられるなあと思った.

とにかく人の評価というものを軽々しく下す人達.
そしてそれを言う事で味方であることをアピールしようとする人達.
そしてそういう機微に気づいたことを言わずにはいられないポワロ(笑).


ポワロが殺された女の人がきれいかどうか聴く場面で,
イギリス人は「まったく外国人というやつは」という反応を示すが,
結局ポワロは,ただ事実としてきれいかどうかと思えるからそう聴くのであり,
そう思えない人,つまりきれいであるとしたら必ずある感情が沸いてしまう
(例えば私のような)人こそが,口ごもってしまうのだと思った.

その感情に従順な人も,反抗を示す人も,結局同じ罠にかかっているというわけだ.





あと,観察というのは,注意を向けたものにしか行われないという点に関して,
普通はミステリにおいては「見落とす」方でこの主張は繰り返されるのだろうが,
私が強く思ったのは,並外れた観察力とはつまり「そういう可能性を想定している」
ということによってなされるのではないかということ.

何かに注意を向けているとほかの事が見えなくなる,と消極的に捕らえるのではなく,
常に多くの視点で注意をする,という姿勢こそが重要であると感じた.





あとこれは小説の限界なのかもしれないが,
時々「神の視点」の描写が入るのはちょっと気に障るなあと思った.
「嘘を言っている目ではなかった」みたいなね.

本来は,そういう事は,注意していたものだけが気づくべきというか,
観客である我々が感じるべき事であって,直接文章化されるべきではない.
ミステリ作家は,たとえこれがヘイスティングス大尉の心中だと分かっていても,
それが実は嘘の発言であったという結果にすることを嫌うだろう.

本来はその発言は,嘘を言っている目でなくしゃべられていてもなお疑うべきなのだが,
そういうことは作者はやらないだろうと,他がちゃんとしてるがゆえに思ってしまうのだ.


ようするにパズルの正当性のために,
読者に持ってもらいたい情報を意図的に操作しすぎてしまった場面という風に感じた.
「そこは事実だから,そんなとこ疑ってないで,ほかの事ちゃんと考えてね」という感じ.





今度からはもうちょっと真面目に犯人とか予測しよう.

あと,計算高すぎる自分について少し反省した.



推理小説読んだ感想ってこんなんでいいのか?








そういえば,恋空の冒頭,

あ〜!!超お腹減ったしっ♪♪

を馬鹿にするコメントが多いんだが,これってそんなに酷いかな?
その辺の大学生男で,「あーマジ腹へったし」とか言う人がいてもおかしくないよな?

これぐらいでそんなに「この人DQNだなー」とは思わないけれど.
mixiで平然と行われてる情報量ゼロのコメントの方が酷いかと.